進化 17年間、顧問を務めている学生サークルでの発見と感動 


「もぎとり君」が生まれるずっと前から、そして「J-Tube」で多忙になる中も、私が2003年5月から17年間、「顧問」として欠かさず取り組んできた活動があります。毎週土曜の午前中に、福岡都市圏の学生たちとともに、企業取材、雑誌発刊、ビジネス勉強会を行う「企業取材サークルFUN」というサークル活動です。


FUNの定例勉強会「FUNゼミ」は、現在(2019年8月)までに通算905回を数えており、この学び舎に集う学生たちは代々、向学心が高く、素直で、優秀で、学業やサークル活動はもちろん、アルバイトやインターンシップにも積極的で、私は「週に一回は仕事を忘れ、若者たちから学び、初心を保ち続ける場を持ちたい」と考えて、海外出張やよほどの用事がない限りは、必ず週末は学生たちと学ぶようにしています。

ところが、ここ3~4年は、ある理由から部員数があまり増えず、だいたい15人前後を推移しています。


「興味がある」、「いつか入部したい」という連絡は時々あり、見学者も来るのですが、それでも、近年はあまり部員が増えていません。


その理由は、学生への仕送り金額が過去最低となった世相を反映してか、「学費に加え、生活費までも稼がないといけない学生が増えたから」です。つまり、「学業、ゼミ、留学、インターンシップ、就活などに加え、アルバイトが忙しすぎて、週末の朝がなかなか空かない」という学生が増えているのでしょう。


私も金欠学生でしたが、今の学生は体感的に私の頃よりも金銭事情が厳しく、また忙しいようで、時々ケーキをごちそうすると、喜んでインスタにアップする学生たちを見ては、「こんなに元気でやる気もあるのに、お金と時間が足りずに挑戦の機会を制約されて、本当にかわいそうだ」と思ったことも何度かありました。

そんなある日、学生たちが卒業する先輩のために、「サプライズ動画」を作り、忍者のような役割分担でわずか一日で素材を集め、見事な字幕を入れて素敵な演出を施し、先輩たちを感動させる場面に遭遇しました。


彼女たちにとって最大の関心事は「先輩を驚かせ、喜ばせ、思い出を刻んでもらうこと」
写真を集めたり、動画を集めたり、それを編集したり、字幕を入れたりすることは「意識さえしないほどの当たり前すぎる作業」で、私はそのスピード、完成度、思いやりを見て、「なんという世代だ!」と心底、感銘を受けました。
そして、ふと思ったのです。

学生たちがたった一日で楽々とやり遂げてしまった作業に、50歳以上の人なら数ヶ月かかっていたが、あれは何だったんだ?
「企業取材」を主要活動とし、元経済誌記者の私が顧問として情報整理を教えてきた彼女たちの取材、整理、編集、要約のスキルは、はっきり言って、その辺の社会人よりも、よっぽど高い
英語についても、ほぼみんなが短期留学の経験や国際交流の体験があり、その辺の社会人より学生のほうがずっと上手だ。
学生たちにとってアスペクト比率、解像度、フルHD、スクエア、jpeg、mpeg、mp3、TTS、フッテージ、エンコード、レンダリング、クラウドストレージという言葉は肌感覚で馴染んでいるものであり、今更何の説明もいらないほど、個々の体験によって理解されている。
つまり、わがサークルの学生たちは、中高年の経営者や職人が「今から向き合うのも恐ろしい」と感じて委縮する英語、デジタル、動画などに対し、「こんなの、別に能力と呼ぶのも恥ずかしい、遊びのようなものですよ」と思っており、何の抵抗感もないどころか、趣味のように楽しむ。
人工知能(AI)に対しても、昭和の労働観が根強い中高年は、構造を理解する前に「人間の仕事を奪うもの」と敵視するが、若者たちは「本来人間が行うべき仕事に集中させてくれて、頼もしい相棒ですね」と素直に受け入れ、興味を持って学びたがる

まさに、「灯台下暗し」。
私は、17年も、最も優秀なスタッフになりうる人たちと毎週学びあってきたにも関わらず、「学生の本分は学業」と割り切ってサークル顧問の役割に徹するあまり、彼女たちが「輸出コンテンツ制作特派員」としてどれだけ優秀か、具体的に考えてみることもしなかったのでした。

 

 

確かに、学生の本分は学業です。しかし、その学業に満足に集中する環境が、経済的苦境や学外活動で制約され、若者の可能性の開花を阻害しているとすれば、若者だからこそ得意な事柄をうまく組み合わせ、地域や企業の課題と結び付けて、教育と貿易を創造的に融合させることで、「地方の中小企業の海外対応環境整備」と、「意欲ある学生の短期間高収入アルバイト」を一体化させることはできないでしょうか。


各地の大学では「テーマ設定、チーム編成、現地訪問、視察と見学、レポート作成」という一方通行の地域学習の取り組みは増えてきて、それぞれに有意義な取り組みがなされていますが、学生がもっと当事者意識を持って主体的に地域課題を学習し、なおかつ若い世代の特技である英語とデジタルの知識と能力を活用して、地域の企業が実際に活用できるコンテンツという「成果物」を提供できれば、今までにない有機的な双方向性のある地域活性化の手掛かりが生まれるのではないでしょうか。

また、私が生まれ育った福岡は、「少子化、高齢化、人口減少社会」の例外のように各地から若者が集まり、税収が4年連続で過去最高を更新している、ある種「時代に逆流する都市」ではありますが、九州のその他の地域や四国、山陰、東北地方などでは、どんな手立てを尽くしても若者が進学や就職で地元を去り、長らく戻ってきません


各地で心ある方々が、学生や若者に地域活性化の場を提供していますが、一過性、局地的、一時的、表面的、散発的に終わってしまう活動も少なくなく、また、具体的な収入につながらない「軽作業の単純労働力」と化しているケースも見聞きしますし、ただ世代や出身地が違う人たちが対面して話し合う以上の成果が得られず、マンネリ化や形骸化したという取り組みについても友人、知人から聞き及んでいます。


意欲的な学生たちは、故郷や縁あって出会った土地に何か役立ちたいと、様々な挑戦を試みていますが、確たる手応えが得られないまま多忙な就活シーズンを迎え、そこでナビサイトで目にする東京の大手企業の待遇に圧倒され、「おれの地元は、なんて給料が安いんだ」「私のふるさとって、なんて退屈なんだろう」と、東京の刺激、選択肢の多さ、収入の高さ、将来の可能性に魅惑され、結局は地元を去ってゆく若者も少なくありません。

圧倒的な規模、魅力、先進性で地方を圧倒する東京。
そんな東京に対し、われわれ「地方」の人間は、「魚は地元のほうがおいしいぞ」、「東京の水は臭くて飲めたものじゃない」、「借金返済のために満員電車で毎日我慢する人生はおかしい」と、半分負け惜しみのように言って、若者を地元にとどめようとしますが、若者は同時に、「気持ちは分かるけど、魚、水、通勤環境なんて、地元に残る魅力にはならない」とドライに捉え、かえって故郷の魅力の乏しさを再確認してしまうこともあります。


こうして何十年も日本各地の地方から若者が東京に移住した結果、首都は非正規社員や高齢者の数だけで一つの県を上回るほどの規模になり、東京は子育てが最もしにくい都市になり、年々若者が流出した地方は所得と生産力と人口が停滞して伝統産業や地場産業が続々と減少し、ロードサイドに昔あった工場やお店が潰れた跡地には、東京資本の飲食店やチェーン店がアジア諸国から輸入した激安商品を販売し、「地方が東京を殺し、東京が地方を殺す」という、静かな内戦のような相互破壊的悪循環がいつしか社会構造化してしまって、そのいびつな現代史の慣れの果ては、ここ九州のいくつかの過疎地でもある種の完成形を迎えつつあり、「もはや『過疎化の歯止め』ではなく、根本的な構造変化を伴う『未来の根拠ある希望』を提示できる対策を打たなければ、数年後、福岡を除いては九州は大変なことになる」と感じるようになりました。

私は貿易業者ですが、こうして、「学生」という存在を主役として位置付けた時、「もしかして?」とワクワクするような未来のかけらが、少しずつ見えてきたのでした。

 

⑤希望 全ての情報が再定義、再整理、再編集されるAI時代にこそ、地方が東京を超える魅力を世界に発信へ